次の大地震まで無為無策で進むだろう
デンマーク国内電力の16%をまかなう風力発電 環境先進国として、また風車の国としてもイメージが確立されつつあるデンマークは、「今後20~30年間で風力発電の割合を50%までに引き上げる」というビジョンを掲げています。かつては、100%石油に頼っていたデンマークが、今では国内電力の16%をまかなうまでに至った理由はいったい何なのでしょうか? また、どうして風力で発電しようという発想に至ったのか・・・その秘密を「ミドルグリン」プロジェクトを成功させたニールス・ロンドさんに聞いてみました。(略)現在、デンマーク国内の風車は6000機を越える数になり、世界一の風車大国になりましたが、そのうちの5700機が個人所有によるもので、政府が推進しているから増えたわけではありません。この中には、企業も含まれているのですが、公共のものはたった5%です。

日本で強い主張をする人間には理数系の専門家が少ない。原子力発電は決して安くない。況や地震の活動期に入った日本ではエネルギーの脱中心化を急がねばならない。しかし、利権と学閥で支配される日本の電力事情は変えることが出来ない。日本のメディアは劣悪な文系しかおらず難解な理数系の知識が無い。よって次の大地震による大幅な犠牲がでるまでは無為無策で進むだろう。犠牲無しに幸せは得られない。20世紀の知識で21世紀のエネルギー政策を決める痴人が多過ぎる。
大艦巨砲主義の亡霊
大艦巨砲主義(たいかんきょほうしゅぎ)とは、1906年以後1920年代まで、世界の海軍がその主力たる戦艦の設計・建造方針に用いた考え方である。この時代は戦艦が海軍力の基幹(主力)として最重要視され、列強各国は攻撃力の主力たる巨砲を装備した新鋭戦艦の建造競争を行った。戦艦の建造競争は1922年のワシントン軍縮会議の締結により一旦中断したが、1937年の条約明けで一斉に再開した。しかし1939年ヨーロッパで第二次世界大戦が始まると、欧州各国では建艦に手間のかかる戦艦の建造が遅れ気味になった。さらに緒戦の航空機の活躍を受けて、大戦中期以後海軍の主力の座を航空母艦に譲り新しい戦艦は建造されなくなった。第二次世界大戦の状況を受けて、現在はこの言葉を経済運営や企業経営の分野において、マスコミや経営コンサルタントが批判的に揶揄として使うことが多い。すなわち、過去の成功例にとらわれた発想で作られた、柔軟性に乏しい過大なシステムを『大艦巨砲主義』になぞらえ、失敗例の解説や警鐘を鳴らす場合に比喩的に用いる。
太平洋戦争中、日本は大艦巨砲主義という思想で戦った。多くのプロフェッショナルは航空機や潜水艦、基地レーダーの重要性を進言した。しかし、馬鹿につける薬は無く日本列島は焦土と化し食糧さえも無くなった。世界のエネルギーシステムは急速に脱中心化へと変化している。それに全く気づいていないのが日本のマスコミであり、ほとんど気づいていないのが学会とビジネスマンである。東の辺境の島にいる為に世界の趨勢を全く理解していない。特に軍事に関してそれが顕著である。Cyber ULSはアブダビ政府から中東最大の兵器展示会であるIDEXに参加を要望されている。ただ、日本大使館からの指導もあり私が日本法人をまだ経営していた事もあってそのときには断った。しかし、私はこの国の知の主流派に愛想が尽きたので経営している会社も部下に譲り渡した。大艦巨砲主義がどれだけ国民を不幸にするのかその罪と罰を存分に受けるがいい。世代交代する頃に新しい世代に役立つ準備を外国人たちと海外で行う。あと、私が株式の過半数を持つ会社の一つに原子力学科の卒業生が社長をしていた。私はそこでいろいろな話を聞いた。スイスの山脇正俊氏も海外で原発裏情報を良く話してくれた。日本の原子力発電技術に幻想を持つのは勝手だが卒業生の就職先もろくに無い状態(その大学の原子力学科は既に廃止)で現場を知らない人間が電波を飛ばすからこういう事故が発生する。世界の原子力発電で死者が出たのはロシアと日本ぐらいだ。何故そんな事になるか実費で調べてみればいい。それだけがブロガーのレゾンデトールだからだ。
CyberULSの誕生秘話
上記の写真は私がまだ日本で役人をしていたときに発生した阪神淡路大震災の時の写真だ。私は役所から救援物資を運んだ。暗闇で多くの人々が通信と交通を遮断され現地の担当者も髭面で疲弊しきっていた。私は実に無力だった。故に私は出来る限りの改善策を施して退官した。それから10年の月日が流れた。20年の歳月の集大成としてCyber ULSを創設した。そして、私も私の家族も側近の多くも海外生活者となっていた。原子力発電所から放射能が漏れても、財政が崩壊してハイパーインフレになっても、北朝鮮や中国からミサイルや武装難民がやってきても我々は被害にあわない。しかし、この国には私の友人や恩人がいる上に、天皇家や罪の無い子供もいる。無碍にはできず可能な限り支援したいと考え『連山』を編集員達に作ってもらった。決して無駄ではなかったが時代は"不幸無しに超えることはできない"と痛感している。惨劇無しに日本でエネルギーの脱中心化は不可能である。それはミートホープや村上ファンドが崩壊するまでそれらが不正行為の停止が出来なかったのと同じだ。多分、暴走する大日本帝国と同じ運命を辿るだろう。江戸幕府は志士がいた。志のある士大夫(知識人)の事だ。今もいるが今回は数が少なすぎる上に私の直系はCyber ULSクリルタイに従いインド洋及び大西洋優先の戦略に従う義務がある。地球を良くすれば時差をおいて日本も自動的に良くなるからだ。
CyberULSのクリルタイ
私が運んだ救援物資の写真
中央ユーラシアの遊牧騎馬民共通の文化的特徴として、数々の点が指摘されている。
1. 徹底した実力主義
* 指導者は絶対であり能力のある者が話し合いで選出される
* 農耕民に比べて女性の地位が高い
* 能力があれば異民族でも受け入れて厚遇する
* 略奪婚
2. 人命(人材)の尊重
* 情報を重視し勝てない相手とは争わない
* 実際の戦闘はなるべく行わず、指導者間の交渉で解決する
3. 非完結の社会
* 社会の維持に非遊牧世界の技術・製品・税を必要とするため領域内に農耕都市を抱え込む
4. あり様がそのまま武力に直結している
* 男女を問わず騎馬と騎射に優れる、必然機動性に富むなどである。これらは人口が少ないがゆえの合理性に基づく。抱え込む農耕都市が増加し支配下の都市間が交易などにより文化的・経済的に一体化することによって広域国家が発生する。
日本人は選挙で庶民感覚の科学知識も庶民水準の指導者を選ぶ。それでマネー戦争に勝てるのか?
太平洋戦争中、アメリカの空母の艦長の多くはパイロット免許を持っていた。彼らは科学知識としてレーダーや近接信管を知っていた。そして、それらを活用した。日本の指導者には科学知識のセンスが無かった。それらが大事だとも思わなかった。有権者が政治家を選ぶときに科学技術のセンスを投票条件に選ばなくて良いがそれは日本の国力を確実に低下させる。軍事力を弱め教育を悪化させ産業競争力を奪うだろう。子供たちの未来を奪っているのは有権者の知的怠慢である。
責任がある有権者が子供に勉強しろという前に自分が勉強をする
私の友人である北マリアナ政府商務局長のジェームス・サントスと燃料電池自動車の写真だ。日本人は科学技術は大事だといいながらブロガーでさえも燃料電池や水素自動車、コージェネ発電機を持つ人間は少ない。何故なんだ? 私には理解できない。触った事も見たことも無い事で議論をする。実証をして安全性や合理性も確認しない。近視眼な人は教育の論理構造に欠陥があることにも気づかない。
CyberULSは国境を自由に越える人々の集合体であり地球環境を科学的に制御する事を目指している。その組織は遊牧系のウルスに似ている。スパルタ自由市民に似て戦士以外に自由市民はおらず、モンゴル人に似て騎馬に乗れない馬鹿もいない。連絡線としてジャムチの変わりにワイヤード(インターネットとPN)を使う。そのセントラルドグマがサイバードクトリンであり、その制御因子がサイバーキャッシュである。兌換として水素エネルギーを使う為に動脈としてハイパーハイドライド、静脈としてBRシリーズを使う。C3+i(コマンド、コントロール、コミュニケーションとインテリジェンス)を集大成したバトル・ドクトリンとして電光戦を使用する。それぞれアクティブ・マトリクス構造(相依相関)になっておりサイバードクトリンをマスターした指揮官によって運営される。頭の悪い人間はすぐに勘違いをするがクリルタイは日本でいう会議の概念ではない。非常時を除き多数決ではなく基本的に全会一致を持って議決される。砂漠や草原ではアクティブ・マトリクス移動制御(金剛界曼荼羅)を描く為に農耕民とは思考概念で相違点が多い。日本人でも砂漠にくればなんとなく何かを感じるはずだ。CyberULSの基本戦略は炭化水素のエネルギー密度が最も高いペルシャ湾岸エリアを策源であり東は有機物の豊富な東南アジアの中核港のシンガポール、西は分散型環境技術産業の進んだ西欧がベースとなる。Cyber ULSと同盟団体は新型環境技術とそれを加速させる新決済システムの実証を行う。これらは全て新しい世界のグランドデザインの実証と普及と言えるだろう。BRシリーズによる脱中心型の農業とハイパーハイドライドによるエネルギー貯蔵と輸送が神経伝達と動静脈となる。知的に劣った不完全な群体として認識される日本は元来、優先順位が低かった。失われた10年の間に格差社会となり、社会が混乱する事も、大地震によって原子力発電所が壊れる事も、そして、インフレと金利上昇によって財政が破綻して年金制度が崩壊し庶民がルンペンになる事も全て想定されていた。日本人は肥大化した自我に溺れている。成功事例(バブル経済や技術大国神話)が忘れられない。教育に失敗した日本人は中国人やインド人に比べて決して優秀ではない。現在の繁栄は単に装置産業の遺産によるものに過ぎない。装置産業の優位は、エネルギーインフラの革新によって劇的に崩れる。多くの国際的なブロック知的プロジェクトに日本は全く公式に参加していない。情報すら与えられていない。映画でいえばPLANET OF THE APES扱いだ。特に軍事技術に関して日本人は拝金主義的で秘密を守ることが出来ない愚劣なサーバントであると認識されている。日本人はマスコミによって重要な事は知らされなくなってしまった。そして、幕末と違い自力でそれらを解決する意思も失ってしまった。外国人が中心のCyberULSは日本に対して何の期待もしていない。それが外から見たこの国の実態なのだ。これから多くのハゲタカ(バイアウト・ファンド)が弱った体に群がってくるだろう。悲しい事に今の日本にはそれがお似合いなのだ。
それでも日本で戦う人々へ
原発火災時、自衛消防隊を招集せず 中越沖地震 2007年07月20日00時15分
新潟県中越沖地震で、東京電力柏崎刈羽原子力発電所3号機の変圧器で火災が発生した際に、初期消火にあたる原発内の自衛消防隊が招集されていなかったことが19日、経産省原子力安全・保安院の調査でわかった。消防隊の責任者は当初、火災発生を知らなかったという。保安院は、東電の対応について「初動体制に改善すべき点がある」と指摘している。
保安院によると、地震発生直後の16日午前10時15分、変圧器からの出火をパトロール中の職員が発見。この職員はすぐに各原子炉に置かれる当直長に連絡した。当直長は柏崎市消防本部に通報しようとしたが、電話回線が混雑していたため、つながったのは火災認知から12分後の同10時27分だったという。
連絡を受けた市消防本部は東電に対し、「すぐに対応できない。発電所内の自衛消防隊でまず対応してほしい」と要請。しかし、当直長は、自衛消防隊を招集する当番者に火災の連絡をしなかった。理由について東電側は「地震による原子炉の停止に優先してあたっていたためだった」と説明しているという。
地震発生時は休日で、同発電所で関係自治体への連絡などにあたる当番者は4人だった。当直長からの連絡がなかったため、当番者は火災の発生を知らなかったとみられる。
日本の大人は当事者意識を失った。そこにはプロとしての矜持も誇りも無い。責任回避と個人的利益探求しかできない。真実を見つめる好奇心もなければ真実を話す勇気も無い。日本人の子供たちの多くが気づいているようにこれから親の生活より彼らは間違いなく貧しくなる。精神的にも社会的にも環境衛生的にも、劣悪な状態になるだろう。しかし、それでもなお戦場を変えず国内で戦う人々は、漫画家の小林よしのり氏が役立つだろう。彼は決して知的ではないが日本の作家多くよりは知的水準が高い。しかし、特筆すべきはその人生の生き方である。私は偶然日本に帰国した時に彼の本を読んだ。日本にいる部下が買っていたのだ。彼の生き方は将に修験僧のようだ。もし武士ならば勝ち目の無い戦場を放棄して新しい戦場を設定する。しかし、彼の生き方は苦行に向かう僧侶である。これからの日本は精神的に苦しいが逆説的にいえば精神を鍛えるにはこれほど良い土地はない。心が折れそうになった時には、水谷修先生の本やビデオ、小林よしのり氏の漫画を読んで気を取り直して欲しい。夜回り先生やヨシリンの行動は偉大であるが地球を制御する事には役にはたたない。社会の悪化を食い止める事にも役立たない。憐れな蟷螂の斧だ。でも、私は彼らを尊敬している。修行僧として.....

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